~嚥下機能回復の要は、「多職種連携」。エントレは「口から全身を整える入口」~
◆【第1回】日本嚥下機能訓練協会 & 吉沢病院「医科歯科 多職種連携カンファレンス」開催
・ 場所:吉沢病院(埼玉県本庄市)
・ 日程:2026年3月10日(火)
カンファレンスでは、嚥下トレーニング、通称「エントレ」について、吉沢病院の患者さんの症例をもとに、「嚥下内視鏡検査(VE)」の映像を用いた説明が行われ、エントレによる嚥下機能の回復例や、エントレの具体的な内容について紹介されました。
その後、リハビリテーション室に移動し、実際に行われているエントレの様子を、参加者全員で見学しました。
実際にエントレに参加された患者さんからは、エントレを始めてベロの力がついたことで、以前と比べて表情が明るくなった、口周りの機能回復だけではなくて、足など他の筋肉にもトレーニングをしてから変わったといった声が寄せられていました。
また、(一社)日本嚥下機能訓練協会 代表理事の飯塚能成(いいづか よしなり)先生(飯塚歯科医院・院長)からは、
嚥下機能が弱ってからでは回復に時間がかかるため、日頃からエントレを続けることが飲み込む力の維持・向上につながり、ひいては全身の筋力低下の予防にもなる、というお話がありました。
◆「多職種連携カンファレンス」(吉沢病院にて)
普段、医師の先生は全身の状態を、歯科の先生はお口の機能を、介護の方は日常生活の様子を、リハビリの方は姿勢や筋力の変化を、そして栄養サポートチームの方は嚥下機能や食事内容を中心に見守っています。
どの視点もとても大切ですが、どうしても専門ごとに注目しやすくなるものだと思います。
ただ、嚥下機能(飲み込む力)の低下は、お口だけの問題ではありません。食事の姿勢や栄養状態、口腔ケア、生活リズム、全身の筋力など、いろいろな要素が重なって起こります。
だからこそ、今回のように異なる専門職の方々が集まり、情報を共有しながら患者さんを多面的に理解しようとする取り組みは、とても意義のあるものだと感じました。
摂食・嚥下機能の回復の要は、多職種連携にあるのだと思います。
それぞれの視点を大切にしながら、最善の支援を模索される先生方の姿勢には、専門家としてのまっすぐな思いが伝わってきて、心を動かされました。
※吉沢病院(本庄市)ホームページ:https://yoshizawa-hospital.jp/
※吉沢病院ホームページ「当院の口腔・嚥下機能訓練の取り組みについて」
◆一般社団法人 日本嚥下機能訓練協会(J.S.T.A)について
一般社団法人日本嚥下機能訓練協会は、「摂食・咀嚼・嚥下」機能の回復と維持に関する知識と実践を、広く社会に伝えることを目的として、稲葉繁先生によって2021年に設立されました。
代表理事には、飯塚歯科医院院長であり、前・本庄市児玉郡歯科医師会会長の飯塚能成(いいづか よしなり)先生が就任されています。
日本嚥下機能訓練協会では、年齢を重ねても「自分の口から食べる喜び」を守ることを大切な使命として、口腔機能の維持・向上を通じて、健康寿命の延伸と生活の質(QOL)の向上に寄与することを目指しています。
食べること、噛むこと、飲み込むことは、私たちが日々当たり前のように行っている営みですが、実は全身の健康や、生命維持に深く関わる重要な機能です。
しかし、加齢や病気、筋力の低下などによって、「噛む」「飲み込む」といった機能は少しずつ衰えてしまうことがあります。そうした機能の低下は、食べる楽しみを失うだけでなく、誤嚥や誤嚥性肺炎など、健康に大きく関わる問題にもつながります。
日本嚥下機能訓練協会では、その予防と機能回復を支える取り組みとして、口腔機能トレーニング器具『エントレ』の普及に力を入れています。
エントレは、元日本歯科大学教授であり、日本の高齢者歯科の第一人者として知られる稲葉繁(いなば しげる)先生によって開発されました。
舌や口まわりの筋肉を無理なくトレーニングできるよう工夫されており、飲み込む力だけでなく、鼻呼吸や口腔機能全体の改善にも役立つ器具です。
稲葉繁先生は、「医療には常に最善の方法が実行されるべきである」という信念のもと、1994年にドイツ・アルゴイ地方での歯科研修をきっかけに、IPSG包括歯科医療研究会を創設されました。海外で直接学ばれた確かな知識と技術を、日本の歯科医療の現場へ正しく伝えるため、長年にわたり尽力されてこられました。
こうした理念を受け継ぎながら、協会では「いつまでも自分の口で食べること」を支えるための活動を続けておられます。
「食べる力を守ることは、その人らしい生活を守ることにもつながる」という確かな信念が、取り組みの原動力となっています。
※一般社団法人 日本嚥下機能訓練協会ホームページ:
※ IPSG包括歯科医療研究会Webサイト:
「代表 稲葉繁先生のプロフィール」:https://ipsg.ne.jp/profile/
◆長年にわたり「エントレ」の普及に取り組んでこられた飯塚能成(いいづか よしなり)先生
今回のカンファレンスの中心となったのは、日本嚥下機能訓練協会 代表理事の飯塚能成先生です。
飯塚先生は、嚥下機能トレーニング器具「エントレ」を2008年に埼玉県本庄市へ導入して以来、自治会や介護施設、病院、行政などと連携しながら、その普及と実践に力を注いでこられました。
飯塚先生は、「嚥下・咀嚼のリハビリは口腔機能だけでなく、全身状態や生活の質(QOL)の向上にもつながる」という信念のもと、講習会の開催、医療・介護施設との連携、症例の蓄積など、地域に根ざした取り組みを長年にわたり積み重ねておられます。
これまで埼玉県議会でも、エントレを活用した口腔トレーニングの重要性が取り上げられるなど高く評価されてきました。
(※詳細はこちらをご覧ください。齊藤邦明県議・飯塚俊彦県議による埼玉県議会定例会での発言です。)
今回の多職種連携カンファレンスも、飯塚先生が続けてこられたこれまでの取り組みを土台として実現した、医科歯科多職種での連携の試みと言えます。
地元・本庄で、医科・歯科・看護職・介護職・リハビリ・栄養サポートチームの方々が協力し合う体制が広がっていることは、とても心強く、誇らしいことです。
実践を重ねながら、口腔機能リハビリの大切さを真摯に伝え続けてこられた飯塚先生の取り組みには、いつも深く感銘を受けています。
※2025年2月に開催されたアルフレッサヘルスケア株式会社主催「2025 ライフサポートフェア」で、飯塚能成先生が行ったエントレ講演の様子については、こちらをご覧ください。

◆口腔トレーニング器具『エントレ』とは?
エントレは、IPSG包括歯科医療研究会の代表であり、日本の歯科医療を牽引してこられた稲葉繁(いなば しげる)先生によって開発された口腔トレーニング器具です。
舌や口のまわりの筋肉を無理なく鍛えられるよう工夫されており、飲み込む力(嚥下機能)だけでなく、鼻呼吸や口腔機能全体の改善にも役立つ器具として注目されています。
稲葉先生は、「しっかり噛めること」だけでなく、「話す力」「飲み込む力」を維持し、高めていくことも、これからの歯科医療において非常に重要であると考え、40年以上前から咬合・咀嚼に加えて筋機能療法の研究を重ねてこられました。
その長年の研究の成果として生まれたのが、「エントレ」です。
開発にあたっては、稲葉先生ご自身が実際に口の中に入れ、唾液を飲み込む動きや口のまわりの筋肉の動きを何度も確認しながら、現在の形へと磨き上げていかれたと言われます。
まさに、舌の機能を40年にわたって研究してこられた集大成ともいえる器具です。
「高齢だから」「歯がないから」とあきらめるのではなく、その方が本来もっている健康な状態をできる限り引き出したい。
その思いのもと、あらゆる知識と臨床技術を注ぎ込んで作られたのが「エントレ」なのです。
◆エントレが選ばれる理由 ~そのすごみとは~
エントレの使い方は、とてもシンプルです。
「くわえて、鼻呼吸をしながら、チュ~っと吸う動作を繰り返す」
基本はこれだけです。しかし、このシンプルな動きの中に、口腔機能を支える重要な要素が数多く組み込まれています。
■ 一連の動作で同時に鍛える
他の器具とは異なり、唇・舌・口周りの筋肉、そして飲み込む機能を、一連の動作で同時に効率よく鍛えられます。
■ 理想的な設計
舌を正しい位置へ導く「舌トレーナー部」(舌の筋力を鍛える)と、唇でくわえる「マウスシールド部」(唇の筋力を鍛える・鼻呼吸を促す)で構成され、無理なく自然に正しい動きをサポートします。
■ 赤ちゃんの「哺乳反射」を応用
赤ちゃんが母乳を飲むときの「哺乳の動き」を応用して開発された、画期的な口腔トレーニング器具です。
■ 「陰圧(いんあつ)」を作り出す
エントレは、保持するだけで口腔内陰圧が形成されやすい状態をつくります。
「吸啜(きゅうてつ)による陰圧形成 → 口腔周囲筋の協調 → 機能改善」という、本来の生理的なしくみを再現できる点が、エントレの大きな強みです。
■ 全身にもつながる働き
エントレは、飲み込む力だけでなく、鼻呼吸の改善、姿勢の安定、さらには体幹の維持にも良い影響を与えることが知られています。
摂食・嚥下分野のスペシャリストである飯塚能成先生(日本嚥下機能訓練協会・代表理事)の臨床では、脳血管障害により全介助・胃ろうの状態にあり、3年間ほとんど口から水分も摂れなかった88歳の女性の患者様が、エントレを用いた訓練を通して歩行機能が改善し、車椅子が不要になった症例も報告されています。
◆『エントレ』による具体的なトレーニング方法
【エントレ体操・解説版】
(左)飯塚能成先生
◆『エントレ』 ~各部の名称と特徴~
1. 『エントレ』をくわえてみましょう
①舌トレーナーのくぼみを舌に伏せるようにくわえます。
②マウスシールドは、歯と唇の間に収め、しっかり唇を結びます。
2. 試し吸いをしてみましょう
唇をしっかり結び、舌で舌トレーナー部を押しつぶすように「チュウ~」と1回吸い、唾液を飲み込みます。
頬がへこむことで、口の中が「陰圧」になっていることを確認できます。
3. 鼻呼吸トレーニング ~効果的な呼吸と嚥下~
姿勢をただし、両手を挙げ胸をひろげながら大きく鼻から息を吸って、手を回して下ろしながらゆっくり鼻から吐きます。
前屈みになるくらい胸をすぼめて最後まで息を吐き切ります。
これを3回繰り返します。
4. 舌の筋力トレーニング ~舌の筋力の鍛錬~
舌の先がハートマークに当たっていることを意識しながら、舌トレーナー部を舌で強く押し上げます。
あごの下に軽く触れてみて、筋肉が固くなっていれば、正しくトレーニングができています。
押し上げたり、緩めたりを5回繰り返します。
5. 唾液を出すトレーニング
唾液が出にくい方は、「唾液腺」のマッサージを行いましょう。
※唾液を分泌する場所は3箇所あります。
エントレをくわえた状態で、両手の親指を、あごの下に当て、そのまま手のひらを頬に添えます。
親指を押し上げて手のひらを回すように、耳の前方の頬もマッサージします。
6. あごや首のトレーニング ~飲み込む力の鍛錬~
7. 総合トレーニング ~唇や口輪筋、吸う力の鍛錬~
呼吸と嚥下、吸引に必要な筋肉に負荷をかけます。
エントレをくわえ、鼻で呼吸しながら、口をしっかり閉じ、舌の先をハートマークにつけ、しっかりと吸いながら、ハンドルを水平かやや上に引っ張ります。
引いたり緩めたりを5回繰り返します。
運動中は鼻呼吸を維持して、唾液は適時飲み込みます。
8. ほほえみ深呼吸
エントレを口からはずし、口角をあげて微笑みながら、深く鼻呼吸して終了です。
★ココがポイント!
① エントレをくわえながら、鼻で呼吸しているだけで呼吸と嚥下の効果的なトレーニングができます。
② 1日3回、食前に5分程度くわえると効果的です。
または、テレビを見ながらでも自由な時にトレーニングしてください。
③ 顔と首のラインがキレイになり、姿勢が良くなり、エステ効果も期待できます。
◆エントレと「反射」
~もともと備わっている力を “呼び起こす” しくみ~
エントレは「哺乳の動き」を応用して設計
エントレは、人が生まれながらに持っている「反射のしくみ」(哺乳反射)を活かすように設計されています。
(※「反射」とは、脳で考えるより先に体が自然に反応するしくみのことです。脳の判断を待たず、脳幹や脊髄が瞬時に指令を出すため、無意識のうちに体が動きます。)
もともと備わっている力を “呼び起こす” という発想で作られているため、特別な技術や強い力は必要ありません。誰でも自然に使い始めることができます。
こうした反射の多くは、脳の深い部分にある「脳幹(のうかん)」、その中でもとくに「延髄(えんずい)」が中心となってコントロールしています。
延髄には、私たちが生きるために欠かせない反射が集まっており、「哺乳反射(ほにゅうはんしゃ)」もそのひとつです。
1. エントレが応用した哺乳の動き(哺乳反射)とは?
赤ちゃんは、生まれてすぐ、誰に教わらなくても母乳を飲むことができます。
これは、生まれつき備わっている原始反射のひとつである「哺乳反射(ほにゅうはんしゃ)」のおかげです。
【哺乳反射(ほにゅうはんしゃ)とは?】
赤ちゃんの哺乳は、主に次の4つの反射動作によって成り立っています。
これらの反射が連動することで、まだ何も知らない赤ちゃんでも母乳を飲むことができるのです。
① 「探索(たんさく)反射」…唇の周りにものが触ると、赤ちゃんはその方向を向いて口を開く反射です。
② 「捕捉(ほそく)反射」…唇の周りにものが触れると、赤ちゃんは唇と口でくわえようとする反射です。赤ちゃんは、母親の乳頭と乳輪を深く口にくわえ込み、唇でしっかり密着させて、空気が漏れないようにします。
※捕捉反射は、「吸着(きゅうちゃく)反射」とも呼ばれます。
③ 「吸啜(きゅうてつ)反射」…口の中に入ったものを、赤ちゃんは吸おうとする反射です。
赤ちゃんが母乳を飲むときの基本的な反射動作です。
赤ちゃんは、まず舌で乳首を上あごに押し上げ、そのあと舌の後方を上下に動かすことで、口の中の空間を広げていきます。口腔内は密閉されているため、空間が広がると 「陰圧(吸い込む力)」 が生まれます。
この陰圧と、舌が乳首をしっかり押し上げて支える動きが組み合わさることで、乳房が安定し、母乳がスムーズに引き出されます。こうした吸啜のくり返しによって、舌の筋肉や頬の筋肉が発達していきます。
※赤ちゃんは、口の中を小さなポンプのように使い、圧力の変化を利用して母乳を吸い出しているのです。
④「嚥下(えんげ)反射」… 口に流れ込んできた液体を、飲み込む反射です。
吸い出された母乳を、赤ちゃんは、呼吸とタイミングを合わせながらゴクンと飲み込みます。
2. 眠っている本能を呼び起こす「エントレ」
エントレは、赤ちゃんの哺乳に見られる上記の「3つの動き」を応用することで、舌の位置・口腔周囲筋・嚥下機能を自然に鍛えられるよう設計されています。
※「哺乳反射」から「随意運動」への移行
通常、赤ちゃんは生後4〜6ヶ月頃になると、思考を司る「大脳皮質」が発達します。
すると、脳幹からの「反射的な命令」が抑えられ、自分の意志で食べる・飲むといった「随意運動(ずいいうんどう)」へと移行していきます。
ここで大切なのは、哺乳反射は消えてなくなったわけではないということです。反射は「生存のための基本プログラム」として、脳の深いところに大切に保管されています。
「エントレ」は、まさにこの「体に備わった本能的なプログラム」を呼び起こす仕組みを利用して設計されています。
無意識のうちに行っていた「正しく吸い、正しく飲み込む」という本能的な動きを、エントレを通じて再び刺激し、それにより、現代人が忘れがちな「お口本来の機能」を効率よく取り戻すことができるのです。
◆口の機能を呼び覚ます ~隠れた土台「陰圧」~
口をしっかり閉じ、舌が上あごにぴったり密着すると、口の中は密閉され「陰圧(吸い込む力)」が生まれます。
お口が正しく働くためには、この見えない「陰圧」がとても重要です。
陰圧があることで、唇・舌・頬の筋肉が本来の力を発揮し、歯並びや呼吸を整える「隠れた土台」として働きます。
なぜ陰圧は重要なのか?
陰圧は、
● 口を閉じる力(口輪筋)
● 頬の内側からの支え(頬筋)
● 舌が上あごに吸い付く動き
といった口腔周囲筋が協調して働き、口の中がしっかり密閉されることで生まれます。
口の中が密閉されると内部の圧が下がり、自然と舌の位置が安定し、唇や舌の動きがスムーズになります。
その結果、食べ物を口の中に保ちやすくなり、咀嚼や飲み込みにも良い影響が出ます。
1. 歯並びの「自然な維持装置」
歯は、放っておくと勝手に並んでいるわけではありません。
● 外側からの力…唇や頬の筋肉
● 内側からの力…舌の筋肉
この2つの力がぶつかり合う「中立帯(ニュートラルゾーン)」に歯は並びます。
陰圧がしっかり働くと、唇が歯にピタッと吸い付き、外側からのガードが強化されます。
逆に陰圧が弱いと、唇の押さえる力が弱まり、バランスが崩れて出っ歯などの原因になることがあります。
2. 「上あご」の成長
口が開いていると気密性が失われ、「陰圧」が作れません。
すると、
● 舌が正しい位置(上あご)に吸い付かず、下に落ちる
● 上あごに内側からの圧力がかからなくなり、上あごの成長が妨げられ、上あごの横幅が狭くなる
● 結果として、歯が並ぶスペースが不足する
● 歯が重なって生えてきたり、上あごの歯が前方に突き出したり(いわゆる出っ歯)するなど、歯並びが悪くなる
という悪循環が起こります。
一方で、陰圧がしっかり働いていると、舌が上あごに安定して密着し、内側からの適度な圧力がかかるため、上あごの健全な成長を助け、歯並びが改善されます。
3. 「鼻呼吸」の維持
舌が上あごに密着した陰圧状態が、正しい鼻呼吸を促します。
4. 「正しい嚥下」(飲み込み)
私たちは一日に何千回も唾液を飲み込んでいますが、このときも陰圧が働いています。
舌が上あごを押し上げて口の中を密閉し、陰圧を作ることで、飲み込みの際、食べ物や唾液を陰圧で保持し、のどの奥へ送り込めるのです。
反対に、もし陰圧(口の中を吸う力)を作る力が弱いと、「異常嚥下癖(いじょうえんげへき)」につながる可能性が高まります。
● 飲み込む際に舌を前に押し出すことで、食べ物をのどの奥に送ろうとする
● 舌が正しく機能しないため、唇や頬など口の周りの筋肉(口腔周囲筋)に余計な力を入れて飲み込もうとする
この「異常嚥下癖」が続くと、常に前歯が舌で押されるため、開咬(前歯が閉じない)や上顎前突(出っ歯)といった不正咬合(ふせいこうごう)の原因となります。
5. 「口腔周囲筋」と「口腔機能」をつなぐ架け橋
陰圧(口の中が陰圧になる状態)は、ただ「口が閉じている」ことを指すだけではありません。
この陰圧があることで、口周りの筋肉(口輪筋、頬筋、舌など)と、多岐にわたる口腔機能(摂食・咀嚼・嚥下・発音・呼吸など)がうまく連動しやすくなります。
陰圧は、まさに、お口の機能をつないでくれる「橋渡し」のような存在です。
※[参考]:
・分山英次著「歯列に加わる口唇圧、舌圧と口腔内陰圧との関係」
◆「エントレ」は陰圧の形成を促す
陰圧は、口をしっかり閉じる力、頬の内側からの支え、そして舌が上あごに触れる動きがそろうことで生まれ、咀嚼・嚥下・鼻呼吸といったお口の機能を支える大切な土台になります。
しかし、筋力の低下や口呼吸の習慣などによって陰圧がつくりにくくなると、舌の位置が下がりやすくなり、飲み込みの安定性にも影響が出てしまいます。
エントレは、「哺乳反射」を応用し、くわえると自然に“吸いたくなる”ような刺激を与えます。
その結果、お口の中に陰圧が生まれやすくなり、舌・唇・頬が自然に連動し、お口の本来の力が引き出されやすくなります。
私自身、もともと呼吸のしづらさがあり、睡眠時無呼吸症候群の診断も受けていました。
その悩みを飯塚能成先生に相談したところ、先生から「エントレ」を紹介していただきました。
実際にエントレを使ってトレーニングを続けてみると、以前より体調が整い、鼻呼吸もしやすくなりました。
睡眠時無呼吸症候群の症状も、以前より軽くなったと自覚しています。
今回、エントレが生まれた背景や応用されている原理、そして舌の正しい位置の重要性について学ばせていただく中で、エントレがいかに合理的に考え抜かれて作られているかを実感しているところです。
その意味で、「エントレ」は、シンプルでありながら理にかなっていて、実際に使うとその良さがよくわかる唯一無二の器具だと感じています。
この表は、さまざまなお口の体操が、どの筋肉や機能に働きかけるのかを比較したものです。
一般的な口腔体操の多くは、舌や口唇など、個々の筋肉をそれぞれ鍛えることを目的としています。
それに対して、エントレ体操の大きな特徴は、舌・のど・姿勢に関わる筋肉までを連動して働かせる点にあります。
飲み込みに関わる筋肉は、一つひとつが独立して動いているわけではありません。
舌、のど、姿勢、呼吸が、絶妙なタイミングで協調してはじめて、スムーズな嚥下が成り立ちます。
どれか一つだけが強くても、全体のリズムが合わなければ、飲み込みはうまくいきません。
だからこそ、嚥下トレーニングでは、個別の筋力を高めるだけでなく、連動して働く力を育てることがとても重要になります。
その連動性・協調性を引き出す口腔機能トレーニング器具が、エントレです。
エントレは、赤ちゃんの「哺乳反射(吸啜反射)」を応用しています。
吸う動きによって口腔内に自然な陰圧が生まれ、体が本来持っている反射・回路・鼻呼吸などが呼び起こされます。
この「陰圧」を利用することで、舌・のど・横隔膜・姿勢筋が自然に協力し合うように設計されているのです。
意識的な努力に頼るのではなく、もともと備わっている反射と回路そのものを引き出すアプローチであること。ここに、エントレの本質的な特徴があります。
◆正しい「舌の位置」とは?
舌の正しい位置とは、舌先が上の前歯のすぐ後ろにある少し膨らんだ部分(スポット)に軽く触れ、舌全体が上あごにぴったり吸い付いている状態を指します。
この位置に舌があることで、歯並びの悪化を防ぎ、自然と「鼻呼吸」がしやすくなります。
【舌の正しい位置のポイント】
● 舌のスポット(定位置):上の前歯の裏側にある少し膨らんだ歯肉部分に、舌先がそっと触れている
● 舌全体:舌先だけでなく、舌全体が上あごにペタッと吸い付くようにくっついている
● 舌が下に落ちていない:舌が口の中でだらんと下がっていない
● 舌が歯に触れない:舌の先が前歯や下歯に触れていない
● 唇が自然と閉じている
● 上下の歯が軽く離れている(噛みしめていない)
◆「低位舌(ていいぜつ)」と気道の関係
◆低位舌(ていいぜつ)と「気道の圧迫」
低位舌とは、舌の位置が低い状態のことです。
舌全体が上あごから離れて下に落ちると、その体積の分だけ舌の根元「舌根(ぜっこん)」が後方へ押し出され、気道を圧迫します。
気道が狭くなると、少しでも呼吸をしやすくしようとして、頭を前に突き出す姿勢になりやすくなるのです。
【なぜ頭を前に突き出す姿勢になるのか?】
頭を前に出すと、のどの前側にある筋肉や組織が前方へ引っ張られます。
その結果、気道の形がわずかに変わり、呼吸がしやすくなったように感じます。
このようにして、肩や首を大きく使う「胸式呼吸」に頼りやすくなっていきます。
※ただし、頭を前に出しても、舌根が気道をふさいだ状態そのものは改善していません。
一時的に息が入りやすくなった気がするだけで、実際には息苦しさは残ったままなのです。
◆なぜ、「鼻呼吸」は体に良いのか?
【鼻呼吸のメリット】
鼻には、呼吸をより効率よく、そして体にやさしく行うための、仕組みが備わっています。
口呼吸と比べると、その違いは想像以上に大きいです。
① 気道が広くなる
鼻呼吸を行うと、鼻腔内に一酸化窒素(NO)が作り出され体に取り込むことができます。
一酸化窒素の働きで、気道が広くなります。
② 姿勢が良くなる
鼻呼吸をすると、自然に背筋が伸び、あごが引けます。
腹式呼吸にもつながります。
③ 呼吸が深くなる ~横隔膜をしっかり働かせる~
鼻の中は口よりも通り道が細く、複雑な構造のため、空気に適度な抵抗がかかります。
この「少し吸いにくい」抵抗こそが大切です。
抵抗があることで呼吸は自然とゆっくり深くなり、「横隔膜」がしっかり働きやすくなります。
反対に口呼吸は、空気抵抗が少ないため、横隔膜が機能低下(省エネモード)し、浅くて速い「胸式呼吸」に頼るようになります。
鼻呼吸では、横隔膜が上下に動き、自然と「腹式呼吸」となります。
その結果、「体幹」の安定にもつながります。
④ ウイルス感染やアレルギーから身体を守る(空気のフィルター)
鼻毛や粘膜、そして線毛(せんもう)と呼ばれる細かな毛が、フィルターの役割を果たし、空気中の異物(ほこり、花粉、細菌、ウイルス)を最大約80%除去して肺に届けます。
鼻呼吸をすることでウイルスや細菌、埃やアレルゲンなどを絡めとり、体内に入らないように守ってくれます。また、感染症にもかかりにくくなります。
⑤ 口やのどの乾燥を防ぐ(加温・加湿機能)
鼻から入った空気は、そのまま肺に届くわけではありません。
冷たく乾燥した空気が鼻腔(粘膜)を通る際、体温に近い温度(約35〜37度)に温められ、湿度90%以上の湿った状態に加湿されます。
この働きによって、冷たく乾燥した空気が直接、のどや気道に入ることを防ぎ、粘膜への刺激を減らします。
⑥ 唾液による自浄作用虫歯・歯周病・口臭リスクの軽減(唾液による自浄作用)
鼻呼吸の場合、口内が「唾液」で潤っている状態を保てます。
■ 迷走神経の活性化により「副交感神経」が優位となる
横隔膜を使った深い呼吸や、唾液を飲み込む「嚥下反射(えんげはんしゃ)」を感じると、迷走神経が活性化されます。その結果、副交感神経が優位となり、腸の「蠕動運動(ぜんどううんどう)」が促進され、「消化・吸収・排便」まで改善されます。
■ 虫歯・歯周病リスクの軽減
唾液には「自浄作用」や「殺菌作用」など、口内を清潔に保ち、細菌が繫殖しないようにする作用があります。そのため、虫歯や歯周病・口臭リスクのリスクを軽減できます。
⑦ 一酸化窒素(NO)の産生
鼻腔、副鼻腔の粘膜からは多量の
が産生されます。
このNOには、次のような重要な働きがあります。
■ 血管拡張作用
肺に運ばれたNOは、肺の毛細血管を拡張させる作用があり、血液への酸素取り込みを促進します。
■ 気管支を広げる作用
NOには、気管支を広げる作用があります。空気の通り道を広げ、呼吸を楽にします。
■ 感染症予防(高い殺菌・殺ウイルス作用)
NOには、高い殺菌作用やウイルスを不活化する作用があります。
そのため、鼻呼吸によって、細菌やウィルスによる感染症から体を守ってくれる効果も期待できます。
⑧ 睡眠の質(気道を狭めない)
鼻呼吸ができていると、深い睡眠が得られやすく、しっかりと疲労回復につながります。
一方で、口呼吸になると舌の位置が下がり、寝ているあいだに舌の根元がのどの奥へ落ち込みやすくなります。その結果、気道がふさがれ、いびきや「睡眠時無呼吸症候群」を引き起こしやすくなります。
場合によっては、血中酸素濃度が70%以下まで低下することもあります。口呼吸は眠りを浅くし、慢性的な疲労の原因にもつながります。
※[参照]
・はる小児歯科・矯正歯科クリニックHP「鼻呼吸のメリットは?顔つきにも影響するって本当?」
◆舌が下がっていることの悪影響
舌が下がっているとどうなる?
① 気道が狭まる
舌のつけ根(舌根)が気道を圧迫し、空気の通り道が狭くなります。
そのため、吸い込む空気量が減り、息が苦しくなります。
② 姿勢が崩れる
呼吸を楽にしようとして、頭を前に突き出したり、あごを上げる姿勢になります。
この姿勢は胸を圧迫し、横隔膜の可動域が狭まり、動きが制限されます。
③ 口呼吸になる
鼻呼吸は鼻腔の適度な「抵抗(負荷)」によって横隔膜をしっかりと働かせます。
一方、口呼吸になってその負荷がなくなると、横隔膜が機能低下(省エネモード)し、結果として口呼吸に頼るようになります。
④ 浅くて速い「胸式呼吸」になる
横隔膜が十分に動かず、浅くて速い「胸式呼吸」が中心になります。
首や肩の筋肉が代わりに働くため、コリや緊張が起こりやすくなります。
また、呼吸の主役である横隔膜は「腹腔」を安定させる深層筋でもあります。横隔膜が動かないと、お腹周りの深層筋の力が抜け、正しい姿勢を維持できなくなります。
⑤ 酸素不足の慢性化
浅く速い「胸式呼吸」は、一度の呼吸で取り込める酸素の効率が低下します。
酸素は血液を通じて全身の細胞に運ばれ、栄養素を燃焼させてエネルギーを作り出しますが、酸素供給が不足すると、細胞レベルでエネルギーが不足します。
その結果、疲れやすさや集中力の低下、手足の冷えが起こりやすくなります。
脳への酸素供給も減り、ぼんやり感や眠気につながることもあります。
⑥ 迷走神経の機能低下
「休息・消化モード」に切り替える迷走神経が働きにくくなります。
迷走神経が活性化されると放出されるアセチルコリンが減ることで、消化管の動きが弱まり、炎症を抑えるブレーキも効きにくくなります。
腸の蠕動運動が抑制され、「消化・吸収・排便」の不良が起こりやすくなります。
炎症を抑える力も弱まり、体の回復力が落ちていきます。
⑦ 交感神経が優位になる
体が「闘いモード・緊張状態」になり、心拍数や血圧が上がりやすくなります。
血管が収縮し、血行不良や冷えが続きやすくなります。
慢性的な炎症が起こりやすく、体の負担が積み重なっていきます。
⑧ 睡眠時無呼吸
気道が狭いまま眠るため、睡眠中に呼吸が止まりやすくなります。
深い眠りがとれず、疲労が翌日に残りやすくなります。
血圧の上昇や心臓への負担も増え、健康リスクが高まります。
◆口呼吸は呼吸量が多いのに、なぜ細胞レベルでは酸欠(酸素供給率の低下)になるのか?
~「量」より「質」の呼吸へ~
舌の位置が下がると、舌根(ぜっこん)が気道を圧迫し、空気の通り道が狭くなります。
息がしづらいため、無意識に頭を前に突き出して呼吸しようとしますが、舌根の圧迫はそのままなので、苦しさは解消されません。
本来であれば、鼻呼吸によって横隔膜がしっかり働き、深い呼吸ができます。
しかし口呼吸では、鼻腔のフィルターによる空気抵抗がないため、横隔膜の関与が相対的に減り、その結果、浅く速い「胸式呼吸」に頼るようになります。
■ 口呼吸の方が鼻呼吸よりも“総呼吸量”は多いのに
胸式呼吸は浅いものの、呼吸回数が増えるため、鼻呼吸よりも総呼吸量(分時換気量)は多くなります。
それにもかかわらず、細胞レベルでの酸素供給効率が低下しやすくなります。
その理由は大きく2つあります。
1.肺でのガス交換効率の違い
■ 鼻呼吸は「肺全体」でガス交換が行われる
鼻呼吸では、横隔膜を使った深い呼吸が働き、肺の下部までしっかり空気が届きます。
肺の下部は、重力の影響で血流が豊富なため、ガス交換(酸素と二酸化炭素の交換)が効率よく行われます。
その結果、酸素はヘモグロビンにしっかり結びつき、血液によって細胞へ届けられます。
■ 口呼吸は「肺の上部」だけで空気が出入りする
一方、口呼吸では浅い呼吸になるため、空気は主に肺の上部(上葉)だけで出入りします。
吸い込んだ空気の多くは、肺の奥まで届かず、ガス交換が行われないままUターンして出ていってしまいます。
そのため、呼吸量が多くても、血液に乗って細胞へ届けられる酸素は不足します。
これが「たくさん呼吸しているのに酸欠になる」理由のひとつです。
2.ボーア効果が働きにくくなる~必要な二酸化炭素まで吐き出してしまうから~
■ ボーア効果とは?
ヘモグロビンは、血液(赤血球)の中で酸素を運搬する非常に重要な役割を担っています。
肺で酸素を受け取ったヘモグロビンは、血流に乗って細胞の近くまで運びます。
細胞が代謝すると、二酸化炭素がたくさん出ます。
① 細胞の周りに二酸化炭素が多いと、ヘモグロビンは酸素を手放して細胞に渡します。
この仕組みを「ボーア効果」といいます。
② 反対に、細胞の周りに二酸化炭素が少ないと、ヘモグロビンは酸素を離さず、そのまま通り過ぎてしまいます。
上の画像は、赤血球が肺から全身の組織へ移動するあいだに、ヘモグロビンに結びついている酸素(oxygen)と二酸化炭素(carbon dioxide)の量がどのように変化するのかを表したものです。肺で酸素を受け取り、組織で二酸化炭素を受け取るという流れが、視覚的にわかるようになっています。
※出典:https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=8626685
■ 口呼吸では、ボーア効果に必要な二酸化炭素まで排出してしまう
口呼吸では呼吸が速いため、細胞が排出した、ボーア効果に必要な二酸化炭素まで、過剰に、呼吸によって吐き出してしまいます。
その結果、細胞の周りの二酸化炭素が不足し、ヘモグロビンは酸素を細胞に渡せなくなります。
これが、口呼吸では「呼吸量が多いのに、細胞レベルでは酸素供給率が低下する」もうひとつの理由です。
3. 量(口呼吸)から質(鼻呼吸)へ
息苦しいからといって、口で一生懸命吸い込むのは逆効果です。
大切なのは「量」ではなく「質」。
その鍵を握るのが「舌の位置」です。
舌を本来の位置である上あごに戻すだけで、気道が広がり、自然と鼻呼吸がしやすくなります。
鼻で吸えば横隔膜が自然に働き、細胞が喜ぶ「質の高い呼吸」に変わります。
4. 鼻呼吸への手助けをしてくれるのが「エントレ」
エントレは、まさにそのための手助けをしてくれる口腔トレーニング器具です。
吸うという自然な動きを使いながら、舌が本来の位置に戻りやすい環境をつくってくれるため、無理なく鼻呼吸へ切り替えやすくなります。
だからこそ、呼吸の質を変えたい人にとって、エントレはとても大切な役割を果たすのです。
◆横隔膜とは?
◆なぜ、口呼吸では「横隔膜呼吸」になりにくいのか?
① 「空気抵抗」の違いによる影響
鼻呼吸では、空気が鼻腔を通るあいだに加温・加湿され、適度な空気抵抗が生まれます。
この抵抗があることで、自然と横隔膜をしっかり使った深い呼吸が促されます。
一方、口呼吸では空気の通り道が短く、抵抗がほとんどありません。
そのため横隔膜があまり働かず、呼吸が浅くなり、深い横隔膜呼吸が起こりにくくなるのです。
② 頭が前に出ると、「胸郭」が圧迫され、横隔膜の可動域が失われるため
● 口呼吸になると舌が下がり、「舌根(ぜっこん=舌の奥)」がのどの奥に落ち込みやすくなります。
そのため息がしづらく、頭を前に突き出したり、あごを上げて呼吸を確保しようとします。
(※ただし、頭を前に出しても舌根の位置は変わらず、気道の圧迫は残ったままです)
● 頭が前に出ると、連動して背中が丸くなり(猫背)、「胸郭」が押しつぶされたような状態になります。
横隔膜は、呼吸の際に下へ動いて空気を取り込みますが、胸郭が固まっていると、横隔膜が下がるためのスペース=可動域が失われます。
● その結果、横隔膜を十分に使えず、「浅くて・速い胸式呼吸」に頼るようになります。
◆「横隔膜(おうかくまく)」のはたらき

「横隔膜(おうかくまく)」は、肋骨の内側にドーム状についている呼吸筋です。
胸腔と腹腔との中間(境界)に位置しています。呼吸に応じて上下運動を行います。
【息を吸う時】
横隔膜が収縮して下がり、「胸腔(きょうくう)」が広がります。
これによって、胸腔内の「陰圧(周囲より低い気圧)」がより強まるため、空気が肺の中へ流れ込みます。
【息を吐く時】
横隔膜が弛緩(収縮が解ける)して上がります。肺が縮もうとする弾力で空気が肺から押し出されます。
出典:https://www.kango-roo.com/learning/1619/
上の画像は、ヒトの「呼吸の仕組み」をわかりやすく示すために使われる「ヘーリングの模型」です。
● ビン … 胸郭
● 内側のゴム風船 … 肺
● 下のゴム膜 … 横隔膜
それぞれがこのように対応しています。
◇ 吸気(息を吸う)とき
下のゴム膜(横隔膜)を下方向に引っ張ると、ビン(胸郭)の内部空間が広がり、陰圧が強まります。
(※もともと、胸腔は陰圧)
その結果、外の空気が、管を通って風船(肺)に流れ込み、風船(肺)がふくらみます。
◇ 呼気(息を吐く)とき
逆に、ゴム膜(横隔膜)を上に押し上げると、ビン(胸郭)の内部空間(胸腔)が狭くなり、陰圧が弱まります。それによって風船(肺)の空気が、外へ押し出され、風船(肺)はしぼみます。
胸腔はもともと陰圧の状態にあります。
息を吸うと横隔膜が下がり、胸腔の空間が広がるため、胸の陰圧はさらに強まります。
同時に、横隔膜が下がることで腹腔は押され、腹圧はより陽圧の方向へ高まります。
息を吐くときには、横隔膜がゆるんで上がり、胸腔の広がりが元の状態に近づきます。
それにともない、胸の陰圧は、息を吸う時ほど強くなくなり、腹圧も吸気時より低い陽圧の状態に戻ります。
このように、横隔膜の上下運動によって、胸腔の陰圧と腹腔の陽圧が変化し、呼吸が成り立っています。
◆良い呼吸とは、鼻呼吸のこと ~最初の鍵は、「舌の正しい位置」~
「舌を上あごに付ける」と、自然と鼻呼吸になります。
鼻呼吸には、空気をフィルターに通すことで抗ウイルス・抗アレルギー・感染予防といった働きがあります。
さらに、鼻の中では一酸化窒素(NO)がつくられ、気道を広げたり、血流をよくしたりする効果もあります。
鼻呼吸で特に大切なのが、横隔膜呼吸を促すことです。
鼻から空気が入ると気道が広がり、自然と横隔膜がしっかり動く深い呼吸になります。
横隔膜には3つの穴があり、そのひとつである食道裂孔(しょくどうれっこう)には、食道とともに迷走神経が通っています。
横隔膜が上下に大きく動く深い呼吸になると、この迷走神経が活性化され、副交感神経を優位にするアセチルコリンが放出されます。その結果、心拍がゆるやかになり、血流や消化の働きも整い、体がリラックスします。
迷走神経は、横隔膜の食道裂孔から、胃・腸へとつながっており、消化管の働きを高めて腸の蠕動運動を促し、「消化・吸収・排便」を改善します。
また、鼻呼吸をすると自然と背筋が伸び、あごが引けるため、姿勢が整いやすくなります。
深い鼻呼吸は、体幹の安定にもつながります。
そして、鼻呼吸を支える最初の一歩が、「舌を上あごに付ける」という習慣なのです。
良い呼吸の土台は、舌の正しい位置から始まることがわかります。
エントレは、「舌を上あごに」導いてくれる優れた口腔トレーニング器具なのです。
◆リラックスする呼吸とは?(具体的なやり方)
【息を吸うとき】
① 舌を上あごに付けます。
② あごを軽く引き、背筋を伸ばして、姿勢を整えます。
③ 鼻からゆっくり吸います。
● 鼻腔は複雑な構造のため空気抵抗があり、自然とゆっくり吸うことになります。
● この「ゆっくり吸う」ことが横隔膜の働きを活性化させます。
④ 横隔膜がゆっくり下降していくのをイメージしながら息を吸います。
【息を吐くとき】
① 姿勢を整え、鼻から息をゆっくり吐きます。
● リラックス効果を高めるには、吐く息を吸う息の2倍の長さにすると良いと言われています。
● 副交感神経が働き、心拍や血圧が落ち着き、体がゆるむからです。
② 吸うときと同じく、「空気抵抗」を意識します。
● 何もしないと、肺の弾力によって、あっという間に、空気が出て行ってしまうので、体のどこかに、空気抵抗をつくって、横隔膜がゆっくり上がっていくようにします。
◆ 空気抵抗のつくり方
(口でつくる場合/鼻でつくる場合)
① 口を使う場合
● 唇で抵抗をつくる(ストロー方式)
ストローで飲むときのように唇を小さくすぼめ、空気の出口を細くします。
→ 吐く息に抵抗が生まれ、横隔膜がゆっくり上がるように調整できます。
● 歯の隙間から抵抗をつくる
上下の歯を軽く合わせ、隙間から「スーーー」と細く長く吐きます。
→ 歯が物理的な抵抗となり、空気が一気に抜けるのを防ぎます。
→ 音が出るので、吐くスピードを耳で確認できる利点もあります。
② 鼻で吐く場合
● のどの奥(声帯付近)に抵抗をつくる方法
鏡を曇らせるような「ハーーー」という感覚で、のどの奥を少しだけ狭めます。
ヨガで使われている(ウジャイ呼吸)に近いやり方です。
のどの奥(声帯付近)を軽く締めて、「さざなみ」のような音を鳴らしながら、息を吐きます。
そうすると、口から吐くよりも、息をより細く、静かに、そして長く吐けるようになります。
◆なぜ「抵抗」を作るとリラックスできるのか?
吐く息を吸う息の2倍ほど長くすると、
脳が「今はこんなにゆっくり息を吐けるほど安全な環境なんだ」と判断し、
副交感神経に「もっとリラックスのスイッチを入れていいよ」という強力なサインが送られ、体が落ち着いてくるからです。
◆息を吐くときも、「鼻呼吸」が推奨される理由
ここで大切なのは、吸う時も、息を吐く時も、鼻からの方が良いということです。
● 鼻では一酸化窒素(NO)がつくられ、吸うときも吐くときもNOを取り込めるため、気道が広がり、血流が良くなり、感染予防にも役立つからです。
● 口呼吸よりも粘膜が乾燥しにくく、免疫機能を保ちやすいです。
● さらに、のど(声帯付近)の奥の抵抗を使いこなせれば、口を使うよりもさらに「細く、静かな」、吐く息の調整が可能になるためです。
◆赤ちゃんの成長は「40億年の生命の進化」
左から「針葉樹」「繊毛虫類」 ※出典:Wikipedia「自然の芸術形態」
稲葉繁先生は、ドイツの生物学者ヘッケルの言葉を引用し、
赤ちゃんの成長は「40億年の生命の進化」をわずか1年足らずで再現していると述べておられます。
生命は海の中で誕生し、やがて陸に上がり、空気を吸うために肺呼吸を獲得し、
さらに食べ物を噛み、飲み込むという複雑な動きを身につけてきました。
こうした変化は、
魚類 → 両生類 → 爬虫類 → 哺乳類
という進化の階段を、数億年という時間をかけて登ってきた結果です。
そしてその長い進化の歴史が、私たち一人ひとりの身体の中にも受け継がれているのです。
◆ エントレは、生物としての本能を「呼び戻すスイッチ」
稲葉先生は、人の「摂食・咀嚼・嚥下」機能は、生命が生き延びるために獲得してきた、根源的な “いのちの本能” だと捉えていらっしゃいます。
エントレの大きな特徴は、赤ちゃんが母乳を飲む際の「哺乳反射(吸啜反射)」を応用して、設計されている点にあります。
口をしっかり閉じて吸い込むと、口腔内に「陰圧」が生じます。
この陰圧がスイッチとなり、舌を本来あるべき位置(上あご)へと導いていきます。
人間は、二足歩行への進化とともに、非常に複雑な、口腔機能を獲得しました。
動物との大きな違いは、「言葉」と「咀嚼(そしゃく)の多様性」にあります。
多くの動物が「捕食(引き裂く・噛みちぎる)」ために顎を使うのに対し、
人間は「すり潰す咀嚼」と「発音」のために、顎や舌の筋肉をより精緻に発達させてきました。
その一方で、こうした構造の変化は、
人間が動物に比べて「誤嚥しやすい」という側面も生み出しています。
また、「舌骨」は、体の中で唯一、他の骨と関節で直接つながっていない、非常に珍しい骨です。
筋肉や靭帯によって支えられ、いわば宙に浮くような状態で、のどの位置に保たれています。
その位置は、周囲の多くの筋肉との高度な連動によって、絶妙なバランスで維持されています。
つまりエントレには、
「噛む力」としての咀嚼筋の働きと、「飲み込む力」としての咽頭・喉頭の働きとが、
一体となって生み出す、精密な生体の連動性が組み込まれているのです。
赤ちゃんが力いっぱい母乳を「吸う」姿も、高齢の方が懸命に「食べる力・飲み込む力」を取り戻そうとする姿も、どちらも「生き抜こうとする本能」そのものです。
無理に鍛えるのではなく、もともと私たちの中に備わっている、“ いのちの本能 ”としての摂食・嚥下の力を呼び覚ますこと。その発想こそが、「エントレ」の大きな特徴なのだと思います。
◆エントレと、飯塚能成先生
~「口から全身へ」を現場で切り拓いてこられたスペシャリスト~
エントレの理念を、いち早く、そして深く理解し、地域の現場で実践し続けてこられたのが、飯塚能成先生です。
エントレがまだ知られていなかった頃から、先生は「口から食べることの大切さ」を確信し、現場でその可能性を形にし続けてこられました。
飯塚先生は、食べる・飲み込む力を「口だけの問題」ではなく、体全体に影響することとして考えておられます。
エントレで口の機能を刺激すると、舌や飲み込みだけでなく、鼻呼吸や姿勢、そして全身の調子にもつながっていく、そんな思いを持って取り組まれています。
エントレを使って訓練すると、舌の動きが良くなり、口呼吸が鼻呼吸へと変わり、それに合わせて体全体の調子が整っていく例が多く見られています。
特に心に残るのは、脳血管障害などによって重い麻痺や嚥下障害を抱えた方々に見られる変化です。
■ 従来の口腔機能訓練では機能回復が困難だった症例
(あいうべ体操・シャキア体操など)
従来、こうした重い症状のある患者さんの歯科治療や口腔機能の回復は非常に難しいとされてきました。
これまでにも、さまざまな口腔機能訓練(あいうべ体操やパタカラ体操、シャキア体操など)、が行われてきました。
しかし、唇を閉じること自体が難しい方や、意識的な運動が困難な重度症例では、十分な効果を引き出せない場面も少なくありませんでした。
飯塚先生も、そうした回復の糸口が見えない症例に向き合い続けてこられました。
■ エントレによる口腔機能訓練の本質とは?
そのような中で導入されたのが、「エントレによる口腔機能訓練」です。
エントレの特徴は、「個別の筋肉を鍛える器具」ではなく、赤ちゃんの「哺乳反射(吸啜反射)」を応用している点にあります。舌を上あごにつけることで、お口の中に、自然な陰圧(いんあつ)が生まれます。
その陰圧が土台となって、口輪筋・舌・頬筋・舌骨周囲筋群が無理なく協調し、「嚥下反射(えんげはんしゃ)」や、「鼻呼吸」が引き出されていきます。
つまり、エントレは、意識的に頑張るのではなく、体に備わった反射の仕組みを引き出すところに、本質的な違いがあるのです。
■ 脳血管障害などによる重症の患者さんの回復症例
その結果、これまで改善が難しかった重度症例においても、驚くほどの変化が見られるようになりました。
● たとえば、ある症例では、脳血管障害により全介助・胃ろうの状態にあり、3年間ほとんど口から水分も摂れなかった88歳の女性の方が、エントレによる口腔トレーニングをきっかけに、水を誤嚥せずに飲めるようになり、やがて食事を再開。義歯の装着後には普通食を摂れるようになりました。
その後、体重は増加し、表情も大きく変化。
寝たきりに近い状態から、立ち上がり、歩行へと回復し、麻痺していた手足も動かせるようになるなど、全身の機能が大きく改善していきました。
● また別の症例では、脳血管障害による麻痺で、口角からの流涎や発音障害があった80歳の男性の方が、訓練開始後わずか1週間で口角が上がり、唾液の漏れが消失。発音も大きく改善しました。
さらに訓練を継続する中で、会話機能の回復だけでなく、麻痺していた手で箸を使えるようになるなど、上肢機能にも変化が現れています。
● さらに、誤嚥性肺炎で入院されている患者さんでも、同様の変化が見られます。
このような患者さんは、口を開けての口呼吸が多く、口腔内は乾燥し、舌苔が厚く、咽頭には痰がからんで常に吐き出そうとしている状態で、声も小さくなりがちだということです。
そこでエントレをくわえて、鼻呼吸へと導きながら嚥下トレーニングを行うと、口腔内が唾液で潤い、嚥下機能が改善し、声量が増し、発音もはっきりしたという症例が、飯塚先生の論文に紹介されています。
※出典:「嚥下トレーニング器具を用いた高齢者の口腔機能の改善と全身機能への影響」『医道の日本』(2018年4月号)60ページより(飯塚能成先生の論文より。原文は下に掲載しています。)
このように、エントレによる刺激は、口腔周囲筋だけでなく、舌・舌骨上下筋群を含む協調運動を引き出し、嚥下反射や、鼻呼吸を整えると同時に、全身の運動機能にも影響を及ぼしていきます。
■ 「奇跡」ではなく、「回復」という身体の本質
エントレの大きな特徴は、赤ちゃんが母乳を吸うときに働く「哺乳反射(吸啜反射)」を応用している点にあります。
舌を上あごに当てて口の中に自然な陰圧をつくることで、口輪筋・舌・頬・舌骨まわりの筋肉が無理なく連動し、嚥下反射や鼻呼吸が引き出されていきます。
飯塚先生は、このような全身に広がる変化を、長年の臨床で見守ってこられました。
根底にあるのは、「人の身体には、もともと回復へ向かう力がある」という確信です。
機能が失われたように見えても、能力が消えたのではなく、回路が眠っているだけ。
だから、正しい刺激が入れば再び動き始めます。
先生は、その瞬間を “奇跡” ではなく、「患者さん自身の生命力が動き出した証」と考えておられます。
■ 多職種連携の重要性 ~口から全身へ~
また飯塚先生は、歯科の枠を超えて、医科・リハビリ・看護・介護・栄養など多くの専門職の方と連携し、「口から全身へ」という視点を共有することで、チーム全体が一つになって患者さんの口腔機能と全身の回復を支える医療を実践しようとなさっています。
嚥下機能(飲み込む力)の低下は、お口だけの問題ではありません。食事の姿勢や栄養状態、口腔ケア、生活リズム、全身の筋力など、さまざまな要素が重なって起こります。
エントレや「口から全身へ」という考え方は、多職種をつなぐ共通言葉にもなっています。
専門職の方々が同じ視点を持つことで、それぞれの立場からの関わりが自然につながり、患者さんを支える力がより大きなものになってくるのだと思います。
◆『医道の日本』(2018年4月号)に掲載された飯塚能成先生の論文
※「嚥下トレーニング器具を用いた高齢者の口腔機能の改善と全身機能への影響」(医道の日本、2018年4月号)より
◆『訓練器具を用いた口腔機能トレーニングの実際と効果検証』
~ 一般社団法人日本老年歯科医学会第29回学術大会(2018年6月)でポスター発表 ~
【発表者】
内野 隆生先生(内野歯科医院院長、本庄市児玉郡歯科医師会、IPSG包括歯科医療研究会)
飯塚 能成先生(飯塚歯科医院院長、本庄市児玉郡歯科医師会、IPSG包括歯科医療研究会会長)
稲葉 繁先生(稲葉歯科医院顧問、IPSG包括歯科医療研究会 最高顧問)
【共同研究者】
竹内 靖先生(本庄市児玉郡歯科医師会)、恒屋 昌一先生(医療法人社団寿会 吉沢病院)、三根 佑太先生(医療法人社団寿会 吉沢病院)、内野 美恵先生(東京家政大学ヒューマンライフ支援センター )
【実施団体】
本庄市児玉郡歯科医師会、IPSG包括歯科医療研究会、
医療法人社団寿会 吉沢病院、東京家政大学ヒューマンライフ支援センター






















































